日本の寒地,北海道の稲作限界地帯におけるもち米の硬化性,糊化特性および炊飯米物理特性の年次間地域間差異と発生要因(日语原文)
2022-09-27丹野平山裕治
丹野 久,平山 裕治
(1.日本水稲品質 ・食味研究会,日本 東京都中央区,104-0033;2.北海道立総合研究機構上川農業試験場,日本 北海道比布,078-0397)
キーワード:搗き餅の硬化性;糊化特性;炊飯米の物理特性;年次間地域間差異;出穂後 40日間の日平均積算気温;稲作限界地帯
もち米は加工原料として多く使用される。工場での餅や菓子の製造では,餅搗き直後には熱く柔らかい餅が冷蔵により硬くなってから切断,加工する。作業効率化のため,その間の時間が短く搗き餅が早く硬くなる,すなわち搗き餅の硬化性(図1,以下,搗き餅を略し,硬化性と記す)が高いもち米が望まれる。一方,搗き糯を柔らかいまま食する餅菓子やもち米粉を水で練って製造する団子などでは,製造後柔らかさが持続し賞味期間が長いことが必要であり,硬化性の低いもち米が適する。さらに,炊飯米や蒸し米を食する赤飯やおこわでも,柔らかさが持続する特性が望まれる。
図1 搗き餅硬化性の測定法である本報で用いたレオメーター抵抗値と従来一般に使用されている曲がり法のたわみの長さとの間の関係[1]
また,硬化性は同一品種でも登熟期の気温が低いほど低くなる[3-4]。北海道は日本の中でも気象が最も冷涼で登熟期の気温が低く,さらに北海道におけるもち米品種の作付けは,北海道の稲作地帯でも気温が最も低い地域で行われている[5]。そのため,従来北海道もち米は,日本でも代表的な硬化性が低い原料として利用されてきた[6-8](図2,図3)。例えば,長い間北海道もち米の基幹品種であり,現在も多く作付けされている 「はくちょうもち 」[9-10]の硬化性は,東北以南で硬化性が高い代表品種とされる新潟県産「こがねもち」や同じく低い代表とされる佐賀県産「ヒヨクモチ」よりも低い(表1)。一方,近年には北海道でも,硬化性の高い新たな品種が育成されている[11-13]。
図2 北海道産および東北以南産の糯品種系統における搗き餅の硬化性[1]
図3 北海道糯品種の餅生地硬化性の年次推移と東北以南糯品種との比較[1]
表1 北海道産「 はくちょうもち 」および東北以南の銘柄もち米である新潟県産「 こがねもち 」(搗き餅の硬化性高),佐賀県産「 ヒヨクモチ 」(同硬化性低)における搗き餅の硬化性の比較[4]
これらもち米の加工適性に影響する米粉の糊化特性(図 4)については,品種間あるいは同一品種での異なる栽培条件間で,糊化開始温度および最高粘度到達温度と硬化性との間に正の相関関係があり[3,14-15],実際の育種の選抜にも利用されている[11-13,15]。さらに,硬化性は最低粘度,最終粘度およびコンシステンシーとの間には正,ブレークダウンとの間には負の相関関係も認められている[16-18]。一方,登熟期の気温は糊化開始温度,最高粘度到達温度およびコンシステンシーとの間には正,ブレークダウンとは負の相関関係が報告されている[19-21]。
図4 ラピッドビスコアナライザー測定における米粉水溶液の温度と糊化特性[14]
以上のように,もち米の硬化性や糊化特性はその利用上重要であるが,地域や年次の登熟期の気温により変動する。そのため,それらの年次間と地域間の差異を明らかにすることは,もち米品質の安定化を図るために必要である。そこで本試験では,登熟期の気温と作柄が大きく異なった 2000—2003年に生産された糯品種の「はくちょうもち」を北海道の主要なもち米生産6地域から収集し[4-5],硬化性および糊化特性の年次間地域間差異を明らかにし,出穂後40日間の日平均積算気温および精米蛋白質含有率(以下,それぞれ登熟気温,蛋白質と記す)との関係も解明した[14]。さらに,登熟気温が大きく異なる1998,1999年に行った別試験では,テクスチュロメーターによる炊飯米の硬さや粘りの物理特性を測定し,それら物理特性の年次間差異と登熟気温との間の関係およびそれらへの蛋白質の影響を明らかにした[8]。
1 硬化性,出穂後40日間の日平均積算気温および精米蛋白質含有率の年次間地域間差異
硬化性の評価に用いたレオメータの抵抗値における最小値と最大値の差異および変動係数は,年次間でそれぞれ140(最小値101~最大値241)gと 48.4%,地域間で 22(133~155)gと12.9%であった。年次間差異は地域間差異に比べ 6.4倍,変動係数の比では 3.8倍と大きかった(表 2)。すなわち,硬化性の年次別分布をみると,2000年が他の3カ年よりも明らかに高く分布していた(図 5)。また,蛋白質での最小値最大値の差異および変動係数の年次間と地域間との比では,それぞれ1.0,1.3倍と同じか年次間がやや大きく,登熟気温では7.7,8.5倍と年次間が大きかった。
表2 北海道もち米の試験年次別と地域別における糊化特性,搗き餅の硬化性、精米蛋白質含有率(蛋白質)および出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)[14]
図5 搗き餅の硬化性における年次別の度数分布
2 糊化特性の年次間地域間差異
糊化特性における年次間の最小値最大値の差異および変動係数を地域間に比べると,ブレークダウンではほぼ同じか年次間がやや大きく,その他ではいずれも年次間が大きかった。次に,最小値最大値の差異および変動係数における年次間の地域間に対する比で,小さい方から糊化特性を群別した。すなわち,Ⅰ群は最も小さい0.9~1.3倍のブレークダウンおよび次いで低い1.5~1.7倍の最高粘度であった。Ⅱ群は,2.9~4.5倍のコンシステンシー,最終粘度および最低粘度であった。Ⅲ群は,5.0~11.0倍と最も大きい糊化開始温度,最高粘度到達温度および最高粘度到達時間であった。なお,項目1で述べた硬化性および登熟気温のこれらの値は,いずれもⅢ群に近似していた。(表2)。
3 糊化特性,硬化性および出穂後40日間の日平均積算気温の間の相関関係
糊化特性間にみられた相関関係からも,項目2と同じ3つの群に分類できた(表3)。すなわち,Ⅰ群の最高粘度とブレークダウンの間には,年次間でr=0.787ns,地域間でr=0.986**,年次地域込みでr=0.944***(それぞれn=4,6,1044,以下同じ),Ⅱ群の最低粘度,最終粘度およびコンシステンシーの間には,r=1.000***,0.888*~0.989***,0.918***~0.987***,Ⅲ群の糊化開始温度,最高粘度到達温度および最高粘度到達時間の間には r=0.998**~1.000***,0.831*~1.000***,0.886***~0.997***の相関係数が得られた。なお,これらⅡ群とⅢ群との間にも,各群内に比べやや明確ではない場合があるものの,正の相関関係があった(r=0.966*~0.983*,0.570ns~0.639ns,0.685**~0.795***)。
表3 年次間と地域間における糊化特性の間の相関係数[14]
续表3
年次間で登熟気温が高いほど,上記Ⅱ群とⅢ群の糊化特性および硬化性が高くなり[3,19-21](表4,図6),その関係はⅢ群の特性と硬化性が最も明確であった。また,硬化性とⅡ群およびⅢ群の糊化特性との間で正の相関関係があり[3,14-18],その関係はⅢ群が最も明確であった(図 7~9)。一方,地域間でこれらの関係は概して明確ではなく,このことは項目1および項目2で述べたように,登熟温度や硬化性,糊化特性での最小値最大値の差異および変動係数における地域間差異が年次間差異よりも小さいためと思われた。
表4 年次間と地域間における出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温),搗き餅の硬化性および精米蛋白質含有率(蛋白質)と糊化特性との間の相関係数,および糊化特性の実測値と登熟温度気温からの推定値の間の差異と蛋白質 †との間の相関係数[14]
図6 出穂後40日間の日平均積算気温と搗き餅の硬化性との間の関係[14]
図7 ラピッドビスコアナライザーの糊化開始温度と搗き餅の硬化性との間の関係[14]
図8 ラピッドビスコアナライザーの最高粘度到達温度と搗き餅の硬化性との間の関係[14]
図9 ラピッドビスコアナライザーの最高粘度到達時間と搗き餅の硬化性との間の関係
本試験では,年次間ほど明確ではないが,地域間でも登熟気温が高いほど硬化性が高くなった。そのため,硬化性が高いもち米を生産するには平年気温から登熟気温が高い地域で,硬化性が低いもち米を生産するためには登熟気温が低い地域で,それぞれ硬化性が高いあるいは低い特性を有する品種[13]を作付けする必要があった。
4 精米蛋白質含有率と硬化性,糊化特性との間の相関関係
登熟気温との相関関係が認められなかったⅠ群の糊化特性は,ブレークダウンの年次間ではやや明確ではないが,その他では年次間と地域間ともに蛋白質と負の相関関係があった(表4,図 10)。一方,登熟気温と年次間および地域間ともに明確な正の相関関係があったⅡ群,Ⅲ群および硬化性において蛋白質との相関関係を求めると,蛋白質は登熟気温との間に有意な負の相関係数(年次地域込み,r=–0.394***すなわちr2=0.155,データ数は1 044)も得られているため,登熟気温の影響が反映される懸念がある。また,蛋白質は登熟気温との間において一次回帰よりも二次回帰の決定係数(年次地域込み,r2=0.184,n=1 044)の値が大きい[5]。そのため,これらの関係を解明するために偏相関係数を用いることは適さない。
図10 精米蛋白質含有率とラピッドビスコアナライザーの最高粘度との間の関係
そこで,登熟気温の影響を除いた糊化特性と蛋白質との間の関係を明らかにするため,硬化性及びⅡ群,Ⅲ群の糊化特性では,まずそれらの実測値と登熟気温からの一次回帰式から推定される値の差異を求め,さらにその差異と蛋白質との間の相関関係を解明した。その結果,硬化性は年次間と地域間ともに,蛋白質と明確な相関関係がなかった(表 4)。一方,硬化性と強い正の相関関係にあるⅢ群の糊化開始温度,最高粘度到達温度および最高粘度到達時間では,地域間および年次地域込みで一定の関係は認められなかったが,年次間のみで負の相関関係があった(表4,図11)。さらに,Ⅱ群では年次間と地域間,さらに年次地域込みでも負の相関関係が認められた(表4,図12)。
図11 ラピッドビスコアナライザーによる糊化開始温度の実測値と出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)からの推定値との差異と精米蛋白質含有率との間の関係
図12 ラピッドビスコアナライザーによるコンシステンシーの実測値と出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)からの推定値との差異と精米蛋白質含有率との間の関係
以上のように,蛋白質が高くなるほど,糊化特性のⅠ群とⅡ群では年次間と地域間ともに,Ⅲ群では年次間のみで,その特性値が低くなった。一方,蛋白質は硬化性との間には年次間と地域間とも一定の関係が認められなかった。しかし,硬化性との間に明確な正の相関関係を示した糊化特性のⅢ群と蛋白質との間には,年次間で負の相関関係が認められたことから,蛋白質が硬化性に及ぼす影響について,さらに検討が必要である。
5 出穂後40日間の日平均積算気温が異なる年次の産米の炊飯米物理特性
登熟気温が平年より高温の 1999年および平年並の1998年に生産された米(以下,それぞれ高温登熟年産,平年登熟年産と記す)について,炊飯米の物理特性である硬さおよび粘りを比較した。高温登熟年産は,平年登熟年産よりも炊飯1時間後では硬さはやや優り,粘りは大きく優っていた。5℃ 24時間貯蔵により,硬さは平年登熟年産よりも高温登熟年産でやや大きく,しかしいずれも増大し,粘りは平年並登熟気温年産ではほぼ変わらず,高温登熟年産では大きく低下した。しかし,それにも関わらず5 ℃24時間貯蔵後でも,高温登熟年産が平年並登熟年産よりも硬さと粘りとも優っていた(表 5,図13)。
表5 北海道もち米における出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)が平年並みの年次(1998年)および高温の年次(1999年)における炊飯米の物理特性
図13 出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)が平年並みの年次(1998年)および高温の年次(1999年)における炊飯米の硬さと粘りの間の関係[8]
一方,蛋白質の硬さへの影響は平年登熟年産で不明確か極めて小さいにすぎないが,高温登熟年産では蛋白質が高いほど炊飯1時間後と5 ℃ 24時間貯蔵後とも硬さがやや上昇する傾向があった。また,粘りは蛋白質が高くなると平年登熟年産ではやや低下し,高温登熟年産で大きく低下した(図14)。
図14 出穂後40日間の日平均積算気温(登熟気温)が平年並みの年次(1998年)および高温の年次(1999年)における精米蛋白質含有率と炊飯米の硬さ(H)および粘り(–H)との間の関係
このように平年登熟年産の炊飯米は柔らかいが粘りが劣り食味が劣るものの,5 ℃ 24時間貯蔵により硬くなりにくく柔らかさが持続した。一方,高温登熟年産の炊飯米は粘りが強く,5 ℃ 24時間貯蔵では硬くなり粘りもやや低下した。また,蛋白質が高いほど,高温登熟年産では硬くなり両年産とも粘りが低下し,食味が低下する傾向があった[8]。その食味低下を回避するためは,うるち米と同様に低蛋白質米生産のための栽培法[22]を励行することが重要であると思われた。